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大阪家庭裁判所 昭和37年(家)3759号 審判

申立人 中村シマ子(仮名)

相手方 羽田良男(仮名)

主文

一、相手方は、申立人に対し財産分与として金二五〇万円を支払え。

一、審判費用中鑑定に要した金一万五、〇〇〇円はこれを二分し、その一を申立人に、その一を相手方の負担とし、その余の費用は各自弁とする。

理由

一、(申立の趣旨および事件の実情)

(1)  申立人は、「相手方は申立人に対し財産分与として別紙目録記載の不動産を二分し、その一を譲渡するか、または金六〇〇万円を支払え」との審判を求めた。

(2)  申立人と相手方とは、昭和二七年二月一二日大阪市内の○○殿において挙式し、事実上の夫婦となり、同市東成区東小橋南之町○丁目○○番地の鶴橋商店街で塩乾物卸小売商を営んでいたところ、当初二年位は相手方も協力していたが、やがて相手方は毎晩のように遊び廻るようになり、殊に魚釣り、スキーには行先も告げず出掛ける有様で店の営業面すなわち商品の仕入販売や帳簿の整理、使用人の面倒などはすべて申立人が切り廻すところとなり、その甲斐あつて相手方名義の別紙目録記載の各不動産(時価一二〇〇万円相当)を取得するに至つた。ところが、相手方は、スキーに行つて知り合つた谷口花子と不倫な関係にあり、たまたま申立人が昭和三六年二月頃相手方の衣服から谷口花子の全裸の写真を発見してその関係を知り、相手方を詰問したことから相手方の態度が変り言葉も荒くなつて申立人に実家に帰れと言い出し、遂に同年四月二二日申立人が店の営業を続けているところにやつて来て、その場で車を呼んで店の商品全部を返品させて店を閉鎖し、別にある居宅も施錠して申立人の入居を拒み、無理に申立人を実家に追い返し、不当に内縁関係を破棄したのである。そこで、内縁期間中、申立人に働かせ、相手方は殆ど遊び廻つていたのであるから、上記資産の取得について貢献したのは申立人であり、少なくとも別紙目録記載の不動産の二分の一に相当する部分を譲渡するか、またはそれに相応する金六〇〇万円を分与せしめるべきと考え本申立に及んだのである。

二  (当裁判所の判断)

第一、本件申立について

本件は内縁の夫婦であつた者間の財産分与請求審判事件であるが、かかる事件申立ができるかどうか疑問がないではない。その当否は内縁について財産分与の規定が類推適用ありや否やにかかつているとも言える。内縁は、事実上の婚姻関係で婚姻届出を欠くのみであるから、婚姻に準じてある程度まで婚姻と同様の法的保護を与えられるべきで立法上も種々考慮されているところであり、殊に判例では婚姻費用について明らかに保護を認めている。ところで財産分与について、その本質が財産関係の清算等多元的ではあるが、ただ夫婦間のみの問題であつて、殊に相続の場合における如く関係人間に画一的な処理をしなければならないものでなく、夫婦としての公示性が不可欠のものでない。従つて、第三者に直接影響するところが少ないと考えられる財産分与について内縁にも類推適用することは相当であり、また実質的にも内縁解消にもとづく慰藉料請求でまかないきれない面を充足せしめ、法的保護を厚くする合理性がある。ただ、この場合、附随的な財産分与請求権の除斥期間を定める始期が問題であるが、内縁解消の時から二年と解するほかなく、解消が何時か戸籍の表示の如き一見明白ではないので事実問題として認定するほかない。してみると、上記の如く実体法上類推適用を認めた場合、これを手続上規定した家事審判法第九条第一項乙類の審判事件として同様類推すべきは論理上当然と考えられる。よつて本件申立を適法と認め、以下の判断に入つた次第である。

第二、申立人(第一、二、三回)、相手方(第一、二回の一部)中村義男(第一、二回)、村井司郎の各審問の結果、および、証人田中宏男、同川井久男(第一、二回)、同羽田栄男、同羽田一男、同羽田由子、同山田フサコ、同山川次男、同沢田七郎、同谷口茂作、同谷口まつ、の各尋問の結果ならびに当庁調査官沢井昌子の調査の結果、鑑定人中村忠の鑑定結果、その他本件記録中の関係登記簿謄本、谷口花子作成の手紙、川井久男作成の手紙、写真四葉等を総合すると次の各事実が認められる。

(1)  (内縁中の双方の生活状態について)

申立人と相手方とは近所に住んでいた関係で親密となり、昭和二七年二月一二日大阪市内にある○○殿(結婚式場)において挙式し、同市東成区東小橋南之町○丁目○○○番地の相手方の家屋において同棲し塩乾物の卸小売商を営んでいた。相手方は、当初は商売熱心で上記自宅の店舗のほか大阪中央市場内にも同種のものを取扱う店を持ち、両方の営業を続け、その頃には、同市東成区東小橋北之町に居宅を建築している。また中央市場内における仲買人の資格を取得するべく努力していたが、そのために市場外で同種営業を自己の名においてできないため、上記店舗を名義上関西総合企業組合第○○営業所として責任者を山田保とし、実際は申立人にすべてを委せ、従業員の田中宏男や村井司郎に補助させていた。このように、相手方は、中央市場内の店舗へ、申立人は上記東小橋南之町の店舗と分担して商売を続けていたものの、相手方の希望である仲買人の資格は容易に取れず、昭和三〇年頃からは中央市場内の店は番頭の山中新治に殆ど委せきりで、相手方自身は魚釣りやスキーに出掛けることが多くなつた。相手方はスキーには特に熱心で、永年大阪府スキー連盟の役員をしていて、国体出場の大阪府選手団の監督を数回勤めたことがあり、また魚釣りのため伊勢、四国方面まで足をのばしたことも度々あつた。このように相手方が留守がちになつたため、東小橋南之町の店舗は、申立人が切り廻してゆかねばならなくなり、従業員の世話から税金についてまで一切処理し、収益も内縁解消の頃にはほぼ一ヵ月金一〇万円程度あげていた。しかし、申立人は、上記店舗に大体朝の七時から夜の七時まで働いていたので、家事については時間的な余裕がなく、多少行き届かない点は否定できない。なお双方間には子供がなく、同棲期間九年余に及んだが婚姻届出を怠つたままであつた。

(2)  (相手方と谷口花子との関係について)

(A) 谷口花子は、大阪府スキー連盟の下部組織である近畿スキー同好会に加入していた関係で、昭和三二年一月頃同連盟の主催する志賀高原におけるスキー学校に受講生として参加したので、当時同連盟の役員であり同所に出掛けていた相手方をはじめて知るところとなつた。その後、谷口花子は、相手方らの依頼をうけて同連盟の庶務的な仕事を手伝うようになり、また毎年相手方と共にスキー出掛けていたので親しい間柄となつた。

(B) 昭和三三年二月同連盟が福井県勝山市雁ケ原において、スキー学校を開くについて同連盟からの依頼で役員であつた相手方と沢田七郎とが一週間前から現地コースの調査に赴くことになつたところ、相手方は沢田と同行せず、先に初心者にすぎない谷口花子を伴つて現地に行つており、宿舎の浄土寺○○寺において、同室で宿泊し、これを沢田七郎が目撃している。

(C) さらに相手方が昭和三五年一月志賀高原へ実兄羽田栄男や谷口花子らと共にスキーに行き、そのとき事故を起して骨折し、大阪市内の○○病院に約三ヵ月入院したことがあり、その間完全看護の病院であるのに谷口花子が連日のように付添い看病していた。

(D) 相手方は、谷口花子が所持していた同女のヌード写真など四葉を預つて背広のポケットに入れていたのを、昭和三六年一月頃申立人の発見するところとなつて本件紛争の発端となつた。

(E) 昭和三六年四月頃谷口まつが上記写真のことを知り、娘の谷口花子に対して、かねてから聞いていた相手方との仲について詰問したことから、花子は家出しその行方が全く不明となつている。花子は家出後まもなく、父母と、申立人および相手方に対して手紙を差出し身の潔白なることを力説し、殊に父母宛の文面には相手方を愛していたことを告白している。

(F) 相手方は、同女が家出して数日後谷口花子の実家に赴き、花子の居所が判明すれば自宅に預つてあげる旨を申し入れ、また同年夏頃に再び同家を訪ね、花子と結婚したい旨を述べている。

(3)  (内縁解消に至つた経過)

申立人が谷口花子のヌード写真を発見してから、同女と相手方との間に情交関係があるとし、これを否定する相手方との間に日増しに紛争が生ずるようになつた。そうして、相手方は、昭和三六年四月一八日申立人に東小橋南之町の店舗から帳簿を取つてくるよう命じて外出させるや、居宅に施錠して遂に申立人を家に入れず、そのため申立人は実家に帰ることを余儀なくされて、その日から布施市内の実家に戻り、実家から上記店舗に通勤していたところ、相手方はこのことも気に入らず、同月二二日同店舗にやつて来て店を閉鎖すると告げ、申立人から鍵を取り上げ、直ちに在庫品全部を中央市場に返品させて、申立人を完全にしめ出した。その間申立人の父中村義男は事態を解決しようと思い相手方宅に赴いたが、玄関に鍵がかかり面会できず、翌朝再び相手方宅に出かけたところ、やはり戸が閉つているので、やむなく店員の村井司郎に裏塀を乗り越えさせて中に入つたため、相手方との間に大喧嘩となり紛争がますます激化してしまつた。その後も申立人の父は、交渉を続けたが、相手方は冷却期間を必要とするというのみで具体的な方法を明確にしないままの状態であつて、殊に申立人が実家に帰つた直前、中村義男が申立人にその営業上金二〇万円を貸したとしてこれを取戻すべく、申立人の所持していた相手方名義の銀行通帳から印鑑をなくして引き出しを銀行と交渉していたものの、これを銀行からの通知で相手方の知るところとなり徒労となつたが、かかる事情もあつて相手方と申立人側一家との対立がさらに激しく、結局そのまま内縁が解消されるに至つたのである。

(4)  (山中新治の約束手形の濫発について)

相手方が、中央市場の店を委せていた山中新治が、勝手に相手方の印鑑を使用して約束手形二三〇通(合計約一〇〇万円程度)を振出し、そのため相手方の銀行預金六三万円もなくなり、なお残余の請求をうけなければならない事件が発生し、相手方も昭和三五年五月頃このことを知つた。山中新治が、中央市場の店舗を切り廻すについて、相手方の印鑑の必要な際には、自ら申立人方に来るか、あるいは申立人方から通勤していた店員の松井吉助に命じて連絡をつけていた。それまで山中を信用してすべて委せてあり何ら事故がなかつたので、申立人はかねて相手方から「印鑑を無断で他人に使用させたり、あるいは無断で他人の保証をしてはならない」と言われていたが、山中を信用する余り従来と同様相手方の印鑑を渡してやつていた。事件の発覚により双方間で多少いざこざがあつたようであるが、相手方もかような方法で事務が処理されていたことを十分承知していたのである。

(5)  (相手方名義の不動産の取得経過)

相手方は、内縁解消当時その有する主なる財産として別紙目録記載の不動産を持つていたが、まずその(1)、(2)の東小橋南之町の土地と店舗は、相手方が申立人と結婚前の昭和二四年頃実兄羽田栄男から金八〇万円で買いうけたもので、登記は同人の前所有者から中間省略の方法で後日なしたものである。つぎに同目録の(3)、(4)の東小橋北之町の土地と居宅について、相手方が結婚後まもない昭和二七年八月頃建築に着工し、同年一一月頃までに三回にわたり土地代金共で合計一六〇万円を請負人川井久男に支払つたが、その代金について申立人の実父中村義男から借りうけ数年間に除々に支払つたことが窺知できる。さらに同目録の(5)、(6)の生野区腹見町の土地と共同住宅(アパート)は、相手方が亡父の遺産として相続により取得した土地に実兄羽田一男や羽田栄男からの借金により建物を建築したもので、その賃料合計月額七万円から返済する方法を取つている。

なお、内縁解消当時における別紙目録記載の不動産の評価合計は金九八一万六、三八六円であつて、そのうち東小橋北之町の居宅土地部分は金三八五万七、六四〇円となつている。(ちなみに昭和三九年一月には、評価合計一二八二万四、九八二円となつている)。

(6)  (内縁解消後の事情について)

申立人は、現在実家で家事の手伝をしているが、実父が布施市において洋服商と大阪市内にホテルを経営しているので、まず生活に困るようなことなく再婚にも心掛けている様子である。

相手方は、東小橋南之町の店舗を他人に貸し、中央市場の店は営業しておらず、アパートの収入に殆ど依存している状況であるが、その収入額について確かな数字は分からない。

なお、双方間の当庁昭和三六年(家イ)第二一一四号慰藉料請求調停事件記録によると、申立人は、同年一〇月一九日相手方に対して慰藉料請求の調停を申し立て、当庁は同月三一日から翌年七月五日まで二一回にわたる調停をかさねて来たが、相手方の支払申出の金額が余りにも低額であつたため不調となつた。

以上認定に反する相手方(第一、二回の一部)の審問の結果は、前掲申立人、中村、田井、村井の各証拠と対比して信用できず、他にこれを覆すことのできる証拠はない。

第三、上記認定した事実によつて

(1)  内縁解消の時は、昭和三六年四月二二日と認められ、本件申立はそれから二年以内になされている。

(2)  そこでまず双方の共有財産の清算について考えると、相手方所有名義の不動産のうち東小橋北之町の居宅土地(別紙目録記載の(3)、(4)の物件)を除いては、相手方の特有財産として認めるほかない。しかし、上記居宅の部分は、相手方が独自で作りあげたものであるとは言えず、申立人の協力によつて造成されたものである。さらに東小橋南之町の店舗は殆ど申立人によつて営業を続けて来た事実その利益がかなりあつた点、また家事労働を含めて、申立人の内外にわたる努力を評価するならば、相手方の財産の維持にかなりつとめて来たものと言わざるをえない。内縁解消後には相手方が従来の営業をすべてやめてしまつたことからも、かつて申立人が営業継続に必要であつたことが窺える。ところが、山中新治の手形濫発事件については、申立人にも責任の一端があることは否定できないから、このことは本件について申立人に消極的に考慮される点である。

(3)  つぎに本件内縁解消の責任について検討すると、申立人と谷口花子との間に情交関係があつたと推測できるかなり強い情況証拠があるから、その蓋然性は多分にあると考えられる。しかし一方谷口花子の家出の事実と、同女の手紙の内容によると、いまだこれを確認することまで、できないのである。しかし、二人が相愛の間柄となつていたことは否定できず、相手方の行動は、もはや友人としての交際の程度を超え、殊に二人だけでスキーに赴き同室で宿泊し、また谷口花子のヌード写真を所持していたことなど数々の疑惑をまねく行為は申立人に対し重大な侮辱を与えたものと言わねばならない。そのほか内縁破綻当時の相手方の行動は、申立人を一方的に追い出したのであつて、殊に東小橋南之町の店舗から締め出したときに明白に夫婦としての共同生活を廃したもので、これらの事情は相手方が申立人を悪意に遺棄したものと認められる。

相手方の審問の結果によると、本件破綻の原因は、前記山中新治の手形濫発の問題であると述べているが、この問題が起つたのは内縁解消の相当以前であつて、相手方に発覚したのも、その一年前のことであるから、これを直接の原因として特に問題とすることは疑問であり、また相手方にもその責任が全くないなどとは言えない。そのほか、申立人に不貞行為すなわち男関係があつたかの如く述べているが、そのような事実の存する証拠は何一つないのである。

従つて、本件内縁解消に至つた責任は、相手方が負わねばならない。

第四、そこで、当裁判所は、上記認定した一切の事情を考慮して、相手方が申立人に対して金二五〇万円分与することを相当と認める。なお、相手方は多額の不動産を所持し、それからの収入もかなりあつて生活に困るようなことはありえず、その支払について何ら猶予を認めるべき事情もないから本件審判確定後直ちに支払をせしめることとする。

よつて手続費用の負担について、非訟事件手続法第二六条、第二七条を適用して、主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤本清)

別紙

目録

(1) 大阪市東成区東小橋南之町○丁目○○○番地の九三

一、宅地 七・〇二坪

(三六・四・二二の評価一四三万八、四四五円)

(2) 同所 一二〇番地上

家屋番号同町二五二番

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

床面積 一階 四・四坪

〃 二階 四・四坪

(同日の評価九万六、八〇〇円)

(3) 大阪市東成区東小橋北之町○丁目○○番地の一二

一、宅地 九〇・四坪

(同日の評価二八〇万四、七九〇円)

(4) 同所同番地上

家屋番号同町二七九番

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

床面積 一階 一七・一八坪

〃 二階 一二・一六坪

附属建物

一、木造瓦葺二階建物置一棟

床面積 一階 六坪

〃 二階 六坪

(同日の評価一〇五万二、八五〇円)

(5) 大阪市生野区腹見町○丁目○番地の三

一、宅地 五八・七一坪

(同日の評価一六七万七、六五一円)

(6) 同所同番地上

一、木造瓦葺二階建共同住宅一棟

床面積 一階 三七・五一坪

〃 二階 三七・七六坪

(同日の評価二七四万五、八五〇円)

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